コミュ障になった僕はちょっとでも嫌な事があると気分が落ち込む話

コミュ障になった僕はちょっとでも嫌な事があると気分が落ち込む話

出来る限りポジティブに生き前向きな記事を書きたいといつも心がけているけれど、「うつ」まっしぐらで泣きそうになっているひめたそん@himetasonです。

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やっぱり落ち込む時は落ち込む

改善する為に頑張ったりとか経験した事や体感した事、その他雑記も含め発信していこうと日々精進しているのだが、

「今日だけは愚痴が出てきそうだ!」

やっぱり嫌な事が重なると落ち込むものだ。
人間だもの。
それでもブログは書くぜ。

いつも1人である事

僕はいつも1人である。
これは孤独で寂しいと言いたいわけではない。
家を出れない事が増え、パソコン作業が増えているが故の現状である。
この環境、闘病というストレスや孤独感はあるものの実は超気楽だと思った。
気遣う相手は自分1人。
完全なストレスフリーではないのだが、外に出ているより遥かに自由だ。

僕VS他人

昔は営業職をやったりそれこそ音楽をやったりと、少なくとも自分の事をコミュ障ではないと自負している。
なので特に人と関わる事を避けているわけではない。
先程の通り、現状1人になる機会が増えてしまっているのである。

こちらにも書いたが寧ろこの現状だからこそ、積極的に人と関わろうとしているのだ。

と前置きが長いので実際何があったかというと、詳細は伏せるがネット上での人付き合いは初対面が多い。
なので広く浅い付き合いが多いのだが某サイトでの事。
取引の掲示板にて取引相手になった初対面の人にいきなり勘違いされて一方的に嫌われ、あげくの果てに悪口を言われたという実際良くあるくだらない事。
悪口は2日間も続きそりゃもう取引どころではなくその話は無かった事になったのだが、こんな良くある事を引きずっているのが今である
嫌な事は重なるものでその後も他のくだらない事や、すれ違いが重なり只今ストレスマックスなのだ。

1人である事の弊害

僕はそもそも万人に好かれるなんて微塵も思っていない。
今まで生きてきて同じような事は何度もあった。
人の多い会社に勤めている時なんて尚更、人間関係のもつれすれ違いなんて日常茶飯事だった。
つまり今回の事が昔起きていたら、なんて事も無く気にせず過ごしている。

だがしかし

今スルー出来ずテンションだだ下がりなのは、1人での生活が長過ぎて嫌われる事への免疫が無くなっている。
という事だ。
社会で人間関係に揉まれていたら、大変だが多少の事なら気にしなくなってくる。
つまりこの辛くとも自由な生き方が僕の心を弱くしている。
冒頭の通り1人は寂しくとも楽だ。
その楽さ故僕は軟弱になってしまった。

色んな意味で人は1人では生きていけない

やはり完全な孤独はいけない。

もちろん逃げるのも大事なのだ。
しかし、多少世の中に揉まれていないと心が弱くなってしまうようだ。
逃げたとしても閉じ篭ってはいけない。
弱くなったら後に来る打撃にいつも以上にダメージを食らってしまう。
っていうか食らってしまった。
我ながら恥ずかしい限りだ。

まとめ

この記事は愚痴成分80%で出来ています。

というわけで世間に揉まれなさすぎると心が弱くなるという話。
正直な所、こんな事で苛立を感じたのは初めてである。
心を鍛える事は非常に大事だ。

だがしかし2日間はちょっと長かった気もするな。
今のメンタル状態でこの1撃はクリーンヒットだ。
そして一度何かに躓くと連鎖していくのはストレス故の悪循環だな。
負けないよう精進しよう。

ではではまた!

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